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NHKの解説委員室ブログがおもしろいです。
問題・テーマを考えたいときにどうぞ。
こんばんは。一回目にアップした内容をすすめてみました。


テーマ 長崎を「さるく」ための施設


■住民と観光客が混ざり合うメリット
さるくとは、長崎弁でぶらぶら歩く、という意味である。その名の通り、長崎さるくの特徴は「まち歩き」であり、仕組み作りから広報、ガイドまですべて市民が主体のサステイナブルな取り組みである。ありのままの姿を見せる「生活観光」は、観光客に喜ばれているだけでなく、地元住民への利益還元や、コミュニティーの再生、自分の町へ誇りを持てるといった、住民と観光客の相互に利益がある仕組みになっている。
→住民(ずっとそこにいる)と観光客(一時的にそこにいる)がともに使える施設を坂道の道沿いに作っていく(相互利益)。

■ランドスケープのような建築
石段、石畳、石橋…。長崎のランドスケープについて考える上で、石材はとても重要な要素である。さるくための施設を計画する上で、私は長崎の人にとって親しみがある石材を使用したいと考えた。石材は硬く圧縮には強いものの、非常にもろい素材で引張りや曲げに非常に弱い素材である。そのような特徴を持つことから、石材を用いる場合は通常、眼鏡橋のような組石造が用いられる。重厚感があり、落ち着つきのある意匠が可能である。

■石造ポストテンション工法という可能性
吊り橋
上で述べたような特徴を持つ石材だが、この吊り橋では逆に、薄い石材(厚み6cm!)を吊ることで、軽くて緊張感のある意匠を見せることに成功している(石材と石材の間に厚み3mmのアルミナを挟むことで割れをふせいでいる)。この技術を建築に応用し、さらにポストテンションを石材にかけることで、まるで石畳が浮いたような、不思議な建築ができないだろうかと考えた。
プレストレスかける
コンセプトのパース。上は広場のように使い、下は内部空間として使うイメージ。コンセプトパース_convert_20091220023228
形態は機能や地形にあわせて異なるタイプを提案したい。以上です。




更新遅くなりました。卒論終わったのでこれからこまめに更新します。
テーマは前回更新分と違うことを考えてみました。


「マンガの殿堂」


■マンガの殿堂とは?
 ≒国立メディア芸術総合センター。政権交代がおこり、財源削減から現実では頓挫した計画。しかし、調べてみたら結構大事な施設なんじゃないかと考えるようになった。

■大衆文化としての「マンガ」と「浮世絵」(娯楽的、消費材的、大量の複製品)
 日本では自国の文化を卑下する傾向にある。実際マンガは大衆文化の芸術として海外で高く評価されながらも国内では軽視される。江戸時代の大衆文化であった浮世絵も、当時は収集・保存が軽視され、その多くが海外に流出した。ゴッホ、モネ、ドガなどに影響を与えたという歌麿や北斎の絵が日本国内で評価されたのは、時代が明治になり逆輸入されてからである。
 マンガが100年前の悲劇を繰り返さないためにも、大衆文化への目に見えるバックアップが必要である。そこで「マンガの殿堂」を計画する。用途としては
・収集、保存
・展示、情報提供
・人材育成
を考えている。

■敷地
秋葉原、天神北などのサブカルチャーの集積地。

■マンガの技法 〜マンガはなぜ大衆文化となりえたか〜
コマ割り_convert_20091208001513

 マンガは視覚誘導技術(コマ割りなど)を使うことによって、誰にも読み方を教わっていないにも関わらずスラスラと読むことができる。マンガはアフォーダンスを達成することで万人に受け入れられるモノとなったのである。
→建築にマンガの技術を応用できないか。

■Diagram
 マンガのコマ割りなどに見られる表現技法を建築化する。二次元のものを三次元におこす時に、もともと持っていた意味が失われることがあるだろうけど、新たに空間としての意味を再発見できればいいというスタンスで設計を進める。わかりやすい空間作り。
 ヒントとして、井上雄彦の「最後のマンガ展」を参考とする。これは、紙面という枠組みを超え、展示空間にストーリーを作り出した「空間マンガ」である。本計画でも、来場者がマンガの中を歩くかのように感じる空間体験をさせたい。



ym007.jpg
間隔が空いてしまいました。これから週一更新を目標にがんばります。

「半透明の建築」

敷地(fig.1)はこのまえと変わらずに六本松の護国神社横の木密です。65m×105mという面積の街区内に、100近い数の木造住宅がひしめきあっています。街区内には幅1mもない極細街路が6本通っているのみで、完全歩行者専用道路となています。(fig.2)

このような敷地では高密度が生むさまざまな弊害が生じます。
・光環境に関して 高密度につめこまれたこの街区内では、住戸間の間隔はほぼ0に近く、最大でも街路で隔てられた部分の1000mmしかありません。このような環境の中で、住戸内には十分な光が届かず、また、街区内の居住者の重要なコミュニケーションの場である(と考えられる)街路も、日中でも薄暗い場所となっています。(fig.3)
・住戸間の距離に関して 各住戸は4面を超接近した他の住戸に囲まれ、プライバシーがとれているとは言いにくい状態です。近すぎることが住戸間の関係を疎遠にしているともいえます。(fig.4)

敷地を見ていくうちに、このような問題を抱えるこの街区内では、あるルールがあるということがわかりました。
それは、住宅の開口部は全て、「すりガラス」「常に閉じられたカーテン」「網戸」という「半透明」のオブジェクトが使用されているということです。「光は通したいが、近すぎる周辺との距離をとりたい」という理由からこのようなルールが生じているように思います。(fig.5)(fig.6)しかし、これら住戸の姿は無理矢理周辺との周辺との距離を作っているように思えて、ある種の「閉塞感」が漂っています。

外界との境界面が全て「半透明」からなっているというこの敷地の住戸のルールを使って、全ての壁面が半透明の建築(fig.7)をつくることで、光環境の面での問題を解決するとともに、この敷地に住む人々の間に適切な距離感を生み出したいと考えています。

具体的な形はまだですが、壁が全て半透明になることで、これまでの建築のプランやセクションというのが成立しなくなるでしょう。その部分に、なにか、今までに見たことのない建築の形をつくる可能性があるのではないかと勝手に思っています。

以上です。


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次のアップはいつだね?

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